2011年9月アーカイブ
中小企業家同友会 第39回青年経営者全国交流会に参加してきました。
中小企業家同友会、「第39回青年経営者全国交流会」に参加しに富山ま行ってきました。
青年経営者交流会、略して「青全交」ですが、
今年は広島県から14名の青年部が参加しました。
今回はそれぞれ交通を手配し、別便で行くことになりましたが、私はというと・・・
大阪まで車で行き、そこから特急サンダーバードに乗り富山へ向かった。
途中、サンダーバードより、福井県寒鯖江市の景色です。。
到着すると広島県の青年部の方々と合流し、地元のごちそう堪能しました。
北陸は魚がうまい。。。
次の日、いよいよ青全交の始まり。
初日は各分科会に分かれて学びます。私は全11分科会のうち第3分科会をチョイスした。
第3分科会は「人を生かす経営の実践」ということで、
京都同友会の(株)タザワ電気の田沢社長の話を聞かせて頂いた。
テーマは「心が人を動かし 人が心を動かす」
のっけから吸い込まれるようなエネルギーに満ち溢れていました・・・。
報告者の田沢社長はもともと大学時代に友人の紹介で電気工事屋でアルバイトを始められ、
その縁がきっかけで電気工事屋に入社。
紹介してくれた友人が独立することになり、勤めていた会社を退社し友人の会社を手伝う。
しかし、友人のワンマンなやり方が徐々にイヤになり始め、田沢氏本人が独立することに。
そこから色々な挑戦が始まります。
今の専務との出会いは衝撃だったそうです。
自分の電気屋を開業前、たまたま、奥さんの友人の旦那さんが電気工事屋で働いていて、ある日一緒にご飯を食べた時のことです。
彼の人柄に「これだ!」と思い、自分と一緒に会社を立ち上げるメンバーとして悩んだ末にスカウトされたそうです。
彼には家庭もあるので、安心してもらえるよう、経営計画を作成し、夢を語って来てもらったそうです。
そこから仕事も徐々に安定してくるようになり、初めての社員採用になりました。
2人面接したうち、経験もあり優秀そうな片方より、不器用でも素直そうなもう片方を採用されたそうです。
彼はM君と言い、入社後も仕事も一生懸命し、順調に仕事も覚えていったそうです。
当然、田沢社長にも期待され、大事に育てられました。
しかし、問題が・・・。
ある日M君は社長の期待に耐え切れず泣きながら退職の意思を歌えて来たそうです。
実はM君、社長の思いが強すぎて、それがプレッシャーになり押し潰れそうになっていたそうです。
Mくんと長時間話し合った後、田沢社長は気づかれました。
こちらの考えばかり押し付け、彼の思いを全く聞いてなかったそうです。
最終的に二人の思いを出し切り、お互い納得できる結論に至ったそうです。
翌日のM君は見違えるような清々しい表情で出社されたそうです。
熱く語る田沢社長↓
2005年には販路を広げるべく東京に進出、経験豊富な二人の社員で営業することに。
しかし東京の社員は経験者にもかかわらず仕事をろくにせず、お客さんからのクレームが徐々に増えていく・・・。
「時間になっても来ない」、「納期が遅れている」ときついクレームが増えてくる。
極めつけは「社員が仕事をそっちのけで遊んでいる」と、取引先から電話が入り、叱られる。
田沢社長はすぐさま東京へ行き、クレーム処理したのちに社員を怒鳴り散らしたそうだ。
しかし、怒鳴りあげた後にそこの社員の一人が言ったそうです。
「社長は東京に営業所を出して何がしたいのか?」、「どんな思いでやっているんですか」と・・・・・
話を聞いているうちに田沢社長はハッとされたそうです。
自身は社員に対してベストの対応をしていた(つもり)にも関わらず、結局社員とは何もつながっていなかった。
やってきたことがすべて「つもり」でしかないと気付かれたそうです。
結局その社員はやめて行かれたそうですが、この経験で多くのことを学ばれたそうです。
それから東京営業所は閉めるかどうか悩んだ挙句、
立て直すために入社3年目のM君を出向させることを決意したそうです。
最初はMくん本人は「自分には無理」と言い、専務が行くという話もあったそうですが、
田沢氏とMくんでしっかり話し合った末、結局Mくんが行くことになったそうです。
Mくん、京都に彼女を残していたそうです。
それから3年、田沢社長はMくんに「そろそろ戻ってこい」と伝えたそうだが、
Mくん本人は「こっち(東京)でまだできていないことがあるので帰れません」と、頼もしい事を言ったそうです。
人って変われるものだと・・・
最後に、田沢社長が何かぶつかるたびに思い出すのが「やりがい」だそうです。
そのやりがいは社長としてのやりがいもあれば、社員一人ひとりのやりがいもある。
組織としてまとまるためには思いを伝えあい、話し合うながら共有するしかないそうです。
そして、「社員の権利と義務を明確にすることが重要」と、強調して言ってわれておられました。
自分にとって刺激になったとともに、社員とのつながりを持つための様々な手法は参考になり、
自社に持ち帰って今後実行したいです。
その後約3時間のグループ討論。
全国から来た熱い経営者の方たちと有意義な時間を過ごさせていただきました。
そして、なぜか私がグループ討論の発表者に。
緊張しすぎて何をしべっているのか覚えていないが、これも経験だと・・・(苦笑)
夜になってようやく懇親会。
実行委員長の高橋氏より挨拶がありました。
そして富山の食と文化を堪能・・・・・。
― 二日目 ―
二日目は基調講演と式典です。
基調講演では(株)能作の能作社長の話を聞きました。
テーマは「道が無ければ自ら拓く! 伝統工芸の可能性への挑戦」
能作という会社は富山県高岡市の創業から約400年、「鋳造技術」を提供してきた伝統ある会社です。
創業より、仏具、茶道具、花器を中心に製造されたそうです。
ただし、伝統工芸は時代とともに需要も変化してくる。売り上げも思うように伸びなかったそうです。
能作の商品自体、問屋を通してお客さんに渡っていたので販路の開拓など皆無であったらしい。
また、伝統工芸と言ってもなかなか多くの人目に触れることもできなかったのもネックになっていたらしい。
転機は自社製品を覧会に出し、人から見てもらえるようになった事だと能作社長は話す。
徐々に自社製品も知られるようになり、海外からも評価されるようになりました。
ネット販売などでもある変形するぐいのみやフルーツ籠になる鍋敷きなどは有名ですね。
基調講演の後は岩手同友会の仲間より震災の報告がありました。
様々な困難を経験し、悲しんだことや乗り越えてきたこと、同友会を通じて感じたことなど生々しく報告をしてくれました。
まだまだ大変な状況であると思いますが、頑張って頂きたいです。
最後に、今回の青全交は大変有意義であり、身になるものであった。
全国で、しかも同年代でこんなにスゴい奴がゴロゴロいるのか、ここまで考えている奴がいるのか・・・と、
衝撃というか、大きな影響を受けた。
経営者として多くの人に出会い、いろいろなものを見ることは重要であると最近特に感じる・・・。
会社に残って一生懸命仕事するのも大事かもしれないが、お金をかけてでもいろんな所へ行き、
出来るだけ多くのいろんな人に合うということ、経験することはある意味「今しかできない」特権である。
年齢を重ねてもできることかもしれないが、得たものを今後の人生でアウトプットしていくことを考えると、
できるだけ若いうちにすることが重要だと感じました。。。
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